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    地球環境問題を解決するために

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      JUGEMテーマ:国際社会

       

      我々人類が直面している目下最大の危機は、大国同士が核兵器を用いて総力戦を展開する、第三次世界大戦の勃発ですが、仮に人類が地球上から戦争をなくすという偉業を成し遂げたとして、それでもなお対峙しなければならない、もうひとつの危機は、地球環境問題です。 地球温暖化、大気汚染、海洋汚染、森林減少、資源の枯渇、など私達の住むこの惑星の生活環境は、産業革命以来、急速に悪化の一途を辿っています。 問題自体は多岐にわたり、それぞれ深刻化していますが、原因に関しては至ってシンプルで、すべての問題に共通しているといえます。

       

       

       

      それは資源消費の爆発的増加です。食物連鎖の頂点に立ち、地球上に天敵のいない人類が、無計画に増殖を続け、また無計画に資源を使い続けた結果、いわゆる地球環境問題と呼ばれるさまざまな弊害を起こしています。 私たち人類は、呼吸しているだけでも酸素を吸収し、二酸化炭素を吐き出します。加えて、自動車に乗ることで排気ガスを大気中に放出し、電力を使うことでも間接的に火力発電所から二酸化炭素を排出し、原子力発電所では放射性廃棄物を生成しています。さらに森林を伐採することで光合成による空気清浄機能を阻害し、大気汚染を加速させる悪循環を招いています。 どうしてこうこうなってしまったのかには理由があります。

       

       

       

      ⑴地球という惑星が限られた空間である、という概念が定着していない。

       

      文明を持つ人類が誕生して1万年以上たちますが、文明の進歩によって、この星が球体の惑星であることを知ったのはここ400年前後の話です。また、今日のように爆発的に世界の人口が増えるようになったのも、科学の発達により、疫病や災害などの驚異に対抗できるようになった20世紀以降の話です。 それまで、私たち人類の祖先に、地上の水、空気、その他の資源が限りあるものであるという認識はありませんでした。たとえ井戸の水が枯れ、鉱山の銀が底をついても、永遠に続く地上のどこか別の場所を探せば、必ず代わりの資源があると考えていました。また、地球全体の人口も現在とは比較にならないほど少なかったため、その考え方で消費を続けても、地球環境にダメージを与える程ではありませんでした。

       

       

       

      そして残念ながら、長年染みついた当時のコンセプトに基づいた習慣は容易に変えられず、地球が限りある球体の個室で、石油や石炭はもちろん、水や空気も使い果たせばなくなると知った後も、私たち人類は、消費のペースを緩められずにいます。特に空気に関して言えば、私たちは呼吸を止めて、5分さえ生きられない上、自力で酸素を作れない生物であるのに、まるで新鮮な空気が無限に供給されるかの如く、平気で大気を汚染し、森林を消失させ続けています。

       

       

       

      ⑵そもそも環境問題に関心がない、あったとしても生活スタイルまでは変えられない。

       

      使うたびに捨てるので洗う必要のない紙コップと割りばし、安いので、なくしても痛くないビニール傘、手ぶらで買い物しても無料でもらえるレジ袋、ハンカチ不要の紙タオルなど、私たちの周りには、地球環境にダメージを与える可能性があるものの、安くて便利なアイテムがたくさんあります。しかし、環境問題への関心が低いため、使い捨て文化が環境に負担をかけることについて、そもそも考えたことがない人がたくさんいます。

       

       

      また、使い捨てるより、同じ物を大切にして繰り返し使ったほうが良い、と分かっていても、その便利さ故に、使い捨て文化から抜け出せない人もいます。自分一人が、今日一日資源を無駄にしたところで、地球全体からすれば大した問題じゃない、という言い訳に負け、小さな罪を重ね続けてしまうのです。

       

       

       

      ⑶社会の構造、経済の仕組みが反環境的

       

      資本主義経済に基づく社会では、消費することが善と位置付けられていることも、環境への負担に大きく影響しています。企業がテレビCMどんどん打ち出し、それを見た視聴者はどんどん買う。そのことが経済を活性化させて社会全体が潤う。そう教えられ、信じて大人になった人々は当然、ためらうことなく大量生産と大量消費の繰り返しに手を染めていきます。

       

       

       

      世論や国民の意識形成に大きな影響力を持つテレビ放送は、本来このことに警鐘を鳴らすべき存在ですが、スポンサーの利益を損ないかねない内容の放送は自粛され、国民の生活や経済活動と、今日の異常気象の因果関係について触れられることはありません。

       

       

       

      この星の住人全員が、クールビズとウォームビズを徹底し、家やオフィスの電球をLEDに変え、マイボトルとエコバッグ、折り畳み傘にハンカチを携帯することで資源を守り、排出ガスも削減する、という夢想は、もはや人々の善意に頼るだけでは実現不可能でしょう。

       

       

       

      ⑷国家間競争に歯止めをかけ、地球全体のエネルギー計画をつかさどる国際機関が存在しない。

       

      今日、地球上にあるすべての国家は激しい競争にさらされています。その競争とは、直接的に武力を衝突させる戦争行為に限らず、科学技術力の競争や経済力の競争も含まれます。なぜならどの国も、自国の独立や繁栄を保つために、国力の増強を図らなければならないからです。そのためには景気を良くして税収を増やし、行政サービスを充実させる必要があります。それは国防がおろそかになれば隣国侵攻の機会を与えてしまいますし、福祉が行き届かなければ行政に対する不満が増え、犯罪増加や秩序の乱れに繋がるからです。

       

       

       

      この国家間の競争に勝つためには、どの国も常に経済活動の活性化が求められます。そしてそれは即ち、様々な商品の生産と消費を繰り返すことを意味します。つまり、仮にエネルギーの消費が地球環境に負担をかけていると分かっていたとしても、どの国家も生き残るため、容易に経済活動に制限を加えることが出来ないのです。

       

       

       

      不必要なものは買わない、一度買ったものは最後まで大事に使う等、古来より我が国に伝わる「もったいない」精神に基づき、環境の負担を抑える考え方は、経済成長の観点からは歓迎されません。毎年流行に合わせて新しい服に買い替え、大量に印刷してはシュレッダーにかけ、真夏でもスーツで快適な温度にクーラーを設定する人が、優秀な消費者として重宝されるのです。 この矛盾に対応し、人類が持続可能な範囲で経済活動を続けるには、国際社会に無制限な消費や生産を禁ずる共通のルールが必要なのですが、現時点で存在しません。

       

       

       

      過去には京都議定書、そして2016年にはパリ議定書など、二酸化炭素の排出に制限を設ける国際条約はあるのですが、いずれも自由参加で厳しい罰則がない等、努力目標的な声明に過ぎず、地球環境問題にピリオドを打てるほどの結果を出せていません。 人間はバカではなく、むしろとても賢い生き物なので、ほとんどの人々は、このままではマズイと気付いています。地球温暖化で100年後に海洋の水面が数センチ上昇する、とか、そんな悠長な話ではなく、この10年、20年だけでも明らかに気候変動が進んでいることを肌で感じているはずです。夏は猛暑で冬は豪雪、モンスター台風や洪水の被害も頻発し、毎年のように様々な気象データが観測史上最高のレコードを塗り替えています。

       

       

       

      だからこそ、この無秩序な人口の増加や計画性のない生産・消費の拡大に歯止めをかけるべきだと頭では分かっている人も多いのですが、なかなか政策レベルで実行に移せている国はありません。それは、どの国の政治家も自分達だけ正しい行いをしたせいで、国の経済が衰退するリスクを取りたくないからでしょう。正直者はバカを見る、という悲しいことわざがあります。みんな、環境問題に真剣に取り組む正直者として、経済競争で不利になるバカになりたくないのかもしれません。

       

       

       

      では、これらの理由により人類が深刻化を止められずにいる環境問題を、なんとか解決に導くにはどうすればよいのでしょうか?

       

       

       

      まず、広く言われている基本的な方策から挙げると、人類一人ひとりが環境問題に関する知識を得て、意識を変え、生活やビジネスのスタイルを環境負担の少ないものにシフトさせる、ということになります。しかし、それはもう前々から言われていることですし、結果としてそれだけで問題解決は出来ていないので、善意に頼るスローガン的な事だけでは不十分なことは明らかです。 ですので、個人が日常生活で我慢を強いられず、企業も思い切り利益を追求しながらも、環境には負担をかけない、という道も並行して模索する必要があります。

       

       

       

      例えば、二酸化炭素排出削減のために電力消費を抑えよう、石油資源の利用も削減しよう、だけでは我慢を嫌う人にも、経済活動の抑制を避けたい企業にも賛同してもらえません。でも、ソーラーパネル付きの家に住み、そこで充電した電気自動車を使う生活なら、ジャンジャン電気を使っても環境に負担はかかりませんし、光熱費も削減できます。また、それらの商品を販売することで、企業も利益を得られます。このような、消費者、企業、環境が互恵関係を構築できるようなプランがどんどん提案されるべきでしょう。

       

       

       

      そしてやはり、根本的に問題を解決する最も効果的な方法は、全人類共通の普遍的なルールを制定することです。前述したように、人間はバカではなく、むしろこの星で最もスマートな生き物です。だからこそ、象もライオンもクジラも差し置いて、地球の主になり得たのです。そして多くの人が気づいています。このまま無計画に資源の消費と排出を繰り返して行くことは不可能であり、必ず壊滅的な弊害を招く事になると。であれば、正直者が馬鹿を見ずに、安心して環境問題対策に取り組めるよう、皆の足並みをそろえる為の公的な立法、行政、司法機関を設立し、そこで定められた法に則って、持続可能な発展の道を選ぶべきではないでしょうか。

       

       

      よって、地球環境問題の改善、解決という観点からも、地球政府は必要である、という結論に結び付きます。

       

       

       

       

      地球政府設立プロジェクト * なぜ地球政府が必要なのか * 23:27 * comments(0) * -

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